泣ける・切ない・ノスタルジー

昔のカメラは、フィルムを24枚とか36枚とか使い切らないと現像に出せなかった。
旅行先で撮った写真を早く見たいがため、帰宅後、残り数枚を近所の街並みや
家の中など適当に写して使い切った。
今になって貴重なのは、やはりそういった生活圏内の日常風景の方だ。
観光地の風景は意外と変わらない。


413 公共放送名無しさん 2016/12/07(水) 20:35:41 iBMAHIfA
でも百貨店てもう流通の役割終わったよね

513 公共放送名無しさん 2016/12/07(水) 20:38:49 z34LZ6tM
>>413
ネットあるし専門店もあるし
百貨店に行く必要性減ってきたなぁ

571 公共放送名無しさん 2016/12/07(水) 20:40:38 iBMAHIfA
>>513
昔は家族で百貨店に行くことが娯楽だったんだよね
屋上にはプラネタリウムとか遊園地あったし
お子様ランチとかよく食べたなあ

678 公共放送名無しさん 2016/12/07(水) 20:43:19 2ogCh2+3
>>571
たかだかお出かけにスーツに着替えてとかなw


5 渡る世間は名無しばかり 2015/11/10(火) 21:20:35 UPP5Zu8m
高校の時、かあちゃんが出勤前に弁当作ってくれてたな。
登校して すぐ食べたけど。

119 渡る世間は名無しばかり 2015/11/10(火) 21:22:40 ykMSp+bR
>>5
うちは高校の時は、弁当作るのとお金とどっちがいい?って聞かれて
お金もらってコンビニで買ってたわ。
まあ、弁当も嫌じゃなかったんだけど、何食べるか調節できるのもあって。

402 渡る世間は名無しばかり 2015/11/10(火) 21:27:07 UPP5Zu8m
>>119
そういうの いいなあーって思ってた あの頃。
今となっては 働きながら弁当作ってくれてたのが感謝しかないε-(´∀`; )


487 名前:774号室の住人さん[] 投稿日:2006/01/20(金) 21:47:33 ID:QJ7+RwPl
ここ一、二年で痩せ細って、きれいだった手もごつごつした血管が浮き出てきてた。
53才になって自営業だから一日12時間労働。
それでも母を慕ってるお客さんと話するのが楽しそう。
実家に帰って、また戻る日は忙しくても抜けて駅まで車で乗せてってくれる。

「お母さんはあんたがおらな淋しいわ」

そう言って私の顔に手をそえてきた。
笑って
「また帰ってくるやろ」
って言ったけど、泣きそうだった
お母さん、あなたを失う日がいつか来るのだろうけど、私はたぶん耐えられません。
親孝行するからこれからは自分の時間楽しんでよ。

いつかちゃんと言えたらいいなぁ。


403 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:2015/06/16(火)03:53:55 ID:eIA
野良犬に囲まれた時
昔奈良の山奥に住んでたんだけど、天然ホタルが生息してるような場所で、
たまに山の中を1人、出歩いてることがあった
でも山には野良犬が住んでいて、夕方になると遠吠えが聞こえだすから、
それまでに家に帰らないとヤバかった
ある日山菜採りに山に入っていたんだけど、そろそろ時間かなと引き返す最中に
野良犬と出くわした
いつもの遠吠えの時間より早く現れてパニック
犬はジリジリにじり寄ってきて、走っちゃダメだとゆっくり引き返すも、
どんどん間合いをつめられた
気づいたら後は切り立った岩肌の崖で、周りに他の野良犬も集まって囲まれていた
姿を潜めてたみたいで、気づかぬうちに野良犬のテリトリーに入ってたみたいだった
パニックになって涙があふれてきて、思いっきり泣きそうになったところ、遠くから
けたたましい犬の鳴き声が聞こえてきた
犬の声はどんどん近づいてきて、円陣を作る野良犬を飛び越え、私の目の前に着地
その犬は私の母が拾ってきた、病気の捨てトイプードルで、家族の誰にも懐かず、
薬も飲まず、いつも家を脱走しては飯の時間だけ帰ってくる犬だった
そのトイプードルが私を庇うように立ちはだかって、大声で3度遠吠えした
そして間髪おかず、目の前の犬に飛びかかった
野良犬たちは私そっちのけでトイプードルと取っ組み合いを始めた
私が慌てて犬のテリトリーから抜け出すと、ガヤガヤと大人たちが手に木刀を持って
駆けつけてきた
そのまま大人が野良犬を叩き、追い払い、私とトイプードルは無事助かった
トイプードルは大きな噛み傷が至るところにできていた

その日トイプードルは家の軒下で昼寝をしていたらしく、それが野良犬の遠吠えを
聞いたとたん、外で働く大人たちに向かって怒ったように吠えまくり、山の中に駆け
込んでいったらしい
今までそんなことは一度もなかったから、大人たちも異変に気づいて駆け付けられたそうだ
トイプードルはその後数ヶ月ともたずに病気でこの世を去ったけど、助けてくれた日から
誰が撫でても怒らなくなったし、家から出歩くこともなくなった
最後はやはり、人目の付かない木の根の下に身を潜めて亡くなっていたけど、
母の手袋を大事そうに抱えて眠るように亡くなっていた



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